女性も違和感を持つセクハラの受け止め方

最近、セクハラの話が後を絶ちません。

 

 

財務省官僚のセクハラ報道のように、明らかなセクハラ行為をしておきながら本人は最後まで認めないケースもあれば、

 

 

同姓の女性から見ても

 

 

「それってセクハラ? 騒ぎすぎじゃない?」

 

 

という話もあります。

 

 

世間で騒がれているセクハラ話は、後者のように意識過剰なものが多いです。

 

 

意識過剰な女性は、男女平等をかかげておきながら、自分の都合が悪い状況になると、セクハラ、パワハラという言葉で逃げます。

 

 

とても扱いが難しい女性です。

 

 

男性のみならず同姓の女性からも面倒な人間とみられています。

 

 

困ったことに、今の世の中セクハラ、パワハラという言葉に敏感で、女性が大きな声でこの単語を叫ぶと対応せざるをえません。

 

 

言ったもん勝ちの風潮があります。

 

 

正常な女性たちは、こういった女性に対し不快感をあらわにしています。

 

 

ブラック企業という言葉もそれに近いものがあります。

 

 

今の若者世代、会社がちょっとでも残業をやらせるだけで

 

 

「ブラックだ」

 

 

と叫びます。

 

 

会社側もその言葉には弱く、若者世代に対して何も手が出せなくなります。

 

 

今の日本は、先人たちが築いた技術力、創造力の礎の元に繁栄しているのです。

 

 

技術も創造もその力を向上させるには膨大な時間が必要です。

 

 

先人たちがたくさん徹夜をしながら休日返上で築き上げてきた力なのです。

 

 

今の社会の流れでいくと、技術大国日本、創造大国日本がまもなく消滅します。

 

 

ちょっとしたことぐらいで「ブラック」と叫んでいる若者は、技術力も創造力も備えていません。

 

 

会社の文句を言うのはわかるが、一体自分自身は何をしたいのだろうか。

 

 

さて、話をセクハラに戻すと、

 

 

一部の女性は、自分の都合が悪くなるとこのセクハラという便利な言葉を使って自己防御しているだけのようにみえます。

 

 

さっきの「ブラック」と使い方の質は同じように感じます。

 

 

つまるところ「あなたは何をしたいのですか?」の質問に、明確に返答できない場合が多い。

 

 

明確な目的を持った人間は、多少の理不尽なことではへこたれない。

 

 

世の中の不条理として受け止め、自分の目的を達成するために努力します。

 

 

こんな興味深い話があります。

 

 

かつての東京オリンピックの頃、東京の空気は今の中国以上に汚く公害だらけでした。

 

 

今は空気もキレイになりとても環境がよくなっています。

 

 

でも、喘息を持っている人の数は、東京オリンピックの頃より今の方が多いそうです。

 

 

意外な話です。

 

 

今の日本は潔癖なまでにキレイにするあまり、人体の抵抗力、免疫力が弱くなっていると聞きます。

 

 

結果として、昔より環境がはるかに良いのに、今の方が悪くなっている事柄がたくさんあります。

 

 

今の日本、あまりにも極端に反応しすぎて息苦しさを感じます。

 

 

住みにくい世界です。

 

 

誤解のないように申し上げます。

 

 

私はセクハラを肯定しているのではありません。

 

 

明らかなセクハラは罰せられるべきです。

 

 

ただ、冤罪とも思えるセクハラの訴えは慎んだ方が良いと思ってます。

 

 

なんでもかんでもセクハラと言われると、男性は何もできなくなります。

 

 

愛の告白さえもセクハラと訴えられてしまうと思いできなくなってしまいます。

 

 

どんどん男性の元気がなくなってしまいます。

 

 

社会におおらかさがなくなってしまったようです。

 

 

せめて自分自身の心くらいおおらかでいられるよう努力していきたいものです。

カテゴリ:恋愛  [コメント:0]

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